セルジューク氏の絨毯屋

日の出前の闇の中、飛行機はアタチュルク空港に着陸した。

空港で朝食を済ませ、バス乗り場に出たころようやく明るくなってきた。

バスはマルマラ海沿いの気持ちのいい道路を走る。その先にイスタンブールの市街地が見えてきた。

アクサライでバスを降り、トラム(路面電車)に乗り換えてシルケジ駅へ。この駅でロッカーに荷物を預けた。荷物は30リットルサイズくらいの小さなリュック1個なので、持ち歩いてもいいのだが、やはり手ブラのほうが楽だ。

シルケジ駅は、ヨーロッパ側の終着駅で、ブルガリアやルーマニアからの列車が来る。トルコ国内各地への列車は、ボスポラス海峡をはさんで向かいのアジア側にあるハイダルパシャ駅から出ている。

荷物を預けて身軽になったところで、早速ブルーモスク、地下宮殿、アヤソフィアと立続けに観光する。やはりマレーシアのモスクとは一味違う。ドーム屋根とミナレットが特徴的である。

次はトプカプ宮殿へ。ここでは宮殿、宝物館、古代東方博物館などを見学する。イスタンブールに着いた途端、息つくヒマもないペースで観光である。

宮殿内のボスポラス海峡を見下ろすレストランで昼食にした。海峡とその向こうのアジアを眺めながらのビールは格別である。これでトルコ旅行の目的は果たしたようなものだ。もうこのまま帰ってもいい。

宮殿を出たところのベンチでぼんやりしていると、トルコ男と日本女の2人が歩いて来た。日本女は僕と目が合うと話し掛けてきた。
「もしヒマでしたらそこらでお茶でもしませんか」
なんだそりゃ。キャッチセールスか? アンケートか? まさかお祈りさせてくださいとか?。

本来ついていくべきではないのだが、なぜかこの2人についていくことにしてしまった。保身よりも好奇心が勝ってしまった。

いったいどこまで歩くのだろうと思った矢先、着いた先は絨毯屋であった。なるほど、客引きか。

店の中からオーナーらしき銀髪の紳士が出てきた。まるでウィッキーさんである。彼は「セルジューク氏」というらしく、日本語が堪能だ。今度東京の大崎でトルコ絨毯の展示会をやるらしい。

店に入ると、早速お茶がふるまわれた。トルコ式のチャイである。ストレートティーとアップルティーがあり、僕はアップルティーを頂いた。

チャイは、腰がくびれた小さなグラスに小さな角砂糖を添えて出てきた。ホットのお茶をグラスで飲むのは不思議な感じだ。お茶を頂くとき、「すみません」というと、セルジューク氏は「すみます」と返した。彼得意のギャグのようだ。


ブルーモスク


アヤソフィア


トプカプ宮殿


ボスポラス海峡

お茶を飲みながら、セルジューク氏と話をした。彼は日本好きのようだ。それにしても、トルコに来てこんなに日本語を話すとは思わなかった。

セルジューク氏は、「せっかくですから商売の話もさせてください」と言った。「見て頂くだけで結構ですよ」とも言った。もちろんトルコ絨毯のことである。

彼は、「ヘレケ産」のトルコ絨毯のすばらしさを事細かく説明してくれた。一流の絨毯たるもの100年使ってやっと味がでるもののようだ。たとえ今絨毯を買ったとしても、僕はその「味のある状態」を見ることはできないわけだ。

セルジューク氏は、何枚かオススメの絨毯を見せてくれた。丸められた絨毯をサラリと広げる滑らかな手さばきは、まさにプロである。

それにしても高い。すべて数万円から数十万円だ。とても買えるシロモノではない。玄関マットサイズで、5万円のものがある。これなら手がでそうだ。一瞬本気で悩んだが、やはりどう考えてもムリだ。

氏曰く「ご両親にプレゼントされると喜ばれますよ」
そりゃそうだろう。トルコ絨毯だし。
「失礼ですが、今回の滞在費はいくらお持ちですか」
僕は正直かつ自信を持って答えた。

「3万円」

セルジューク氏はまるでアニメのキャラクターのように大口を開けて驚いた。そして少し寂しそうな顔をした。この国の物価なら、そんなに驚くほど少ないとも思えないけど。

セルジューク氏のあまりに寂しそうな顔を見て僕は、
「すみません。お茶まで頂いたのに」
と言った。すると氏は、
「あやまらないでください。私が勝手にお見せしただけですから」
と言って笑った。いい人だ。次回トルコに来たときは、ぜひ彼の店で買いたい。しかし店の場所を覚えている自信はない。

更に氏は「ホテルはお決まりですか? もしよろしければ、知り合いのホテルを紹介しますよ。そこは今改装中なので、格安で泊れます」
全くいたれりつくせりだ。客にならなかった僕に大サービスだ。しかも、荷物を置いているシルケジ駅まで車でつれて行ってくれるという。恐縮である。

車は店の裏に路上駐車してあった。運転手は、最初に会ったトルコ男である。セルジューク氏に見送られイザ出発した途端、前に停めてあった車にぶつかった。氏はタメ息をついた。

トルコ男はぶつけた事もおかまいなしに車を発車させ、マルマラ海沿いの道をとばしてシルケジ駅へ。そして荷物を取ったら今度は紹介された改装中のホテルへ。

ホテルは確かに改装中だった。ペンキも塗り立てである。でもフロントにはお兄さんがいた。仮営業の様相だ。

料金は確かに安かった。建物もキレイだ。ここに泊まることにした。フロントのお兄さんに、
「階段を上がるときカベのペンキに気をつけて」
と言われた。言ってるそばから僕は、リュックをカベにこすってしまった。

部屋は改装済みなので、カベが真っ白で気持ちがいい。階段を上がって屋上に出てみると、モスクのドーム屋根とミナレットが見える。いいホテルだ。

外はまだ明るいので、日没まで旧市街を散歩することにした。


アンカラへ

普通トルコ旅行といえば、「カッパドキア」ははずせないだろう。トルコ中部の大奇岩地帯である。イスタンブールからバスで12時間。決して行けなくもないが、カッパドキア自体が広範囲で、現地の交通機関は不便だ。よって観光には日数をかけたほうがいい。

日程的に無理ではないが、忙しくなってしまう。のんびり腰をすえての旅行は難しそうだ。そんなわけで、カッパドキアは行かないことにした。次回また来ればいい。そのかわり、交通の便利な首都アンカラへ行ってみることにした。見どころに欠ける街ではあるが、行ってみても損はないだろう。

アンカラへは鉄道で行くことにした。バスの方が便数が多くて便利だが、車内が窮屈だ。列車ならゆったり座れる。

アンカラ行きの列車は、アジア側の駅「ハイダルパシャ」から出ている。ガラタ橋の横の桟橋からフェリーでボスポラス海峡を渡る。海峡には橋がかかっているが、市街地を大きく迂回するルートなので、旧市街からは船が便利だ。

アンカラ行きの発車時刻を確かめ、窓口で2等車の座席指定の切符を買う。日本円で1500〜1600円くらいだろうか。トルコの物価で考えると少し高い。

その理由はすぐにわかった。車両が新型である。車内も清潔で、窓には三日月と星のトルコ国旗のマークが誇らしげに描かれている。国鉄の看板列車だろうか。

お向かいの座席には老紳士が座っている。身なりが裕福そうだ。ビジネス客だろうか。

列車はイズミットを過ぎたあたりから山間部に入った。山を越えて、平原にさしかかったところで、沿線最大の都市、エスキシェヒールに着いた。

エスキシェヒールから先は、見渡す限りの乾いた大地だ。途中崩れかけた小さな集落をいくつか通過する。

日が暮れたころ、ようやく終点アンカラに到着した。列車の遅れはほとんどなかった。

駅前はすでに真っ暗だ。ゲンチリッキ公園の脇の道を足早に歩き、旧市街であるウルス地区へ向かう。そして適当にホテルを決めた。フロント氏は、黒い蝶ネクタイのマジシャンのようなじいさんだった。ここで2泊することにした。


アナトリアの平原


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